●日常生活に武道家魂を活かす その九●
「武道」とは他人と戦をして勝つための方法論ではなく、己の弱さに打ち勝つための鍛錬法です。
「武道家」とはその哲学を、人生をかけて追求していく者のことです。
格闘技は、その技術を持って敵を倒すことが目標で、それをルール化して試合形式でおこなえるようにしたものです。また「武道」はいかに戦わずして人びとが共栄するか、を目標としています。つまり最後の手段として戦う選択肢は持ちつつも、戦わないで互いに理解しあえる接点を模索することが、第一選択肢となります。そのことを踏まえると、格闘技と「武道」は全く異なる考え方と言ってもよいかもしれません。
例えば街中で格闘技を行使すれば、それは暴力行為、傷害事件となります。
しかし「武道」の鍛錬は、日常生活や職業の現場において大きな助けとなり、人生をより奥行き深いものにしてくれるのです。
様々な事象は表裏一体となって存在しています。表があって裏がない、裏があるのに表がないということは有り得ないのです。表裏は常にスパイラル構造になっていて、それぞれが互いに関わり合い、補助し合いながら事象を形成しています。
対を成すものがバランスよく習得されていれば、より深い人生になります。対を成す、というのは・・・精神と肉体、知識と技術、知力と体力などなど。
昔から文武両道といいますが、それが人の道というものです。
戦う術だけを学んでいては、ただの乱暴者で終わってしまいます。知力を養わなければなりません。
本を読む。音楽や絵画、書などの芸術に親しむ・・・。
そういったことの積み重ねが文武の「文」の部分を育ててくれるのです。
テレビはあまり役に立ちません。自身の中で反復、咀嚼することが困難だからです。活字を読むことがとても大切です。
芸術であれば、聞き流すだけでなく、又さっと見て終わりではなく、ゆっくり時間をかけて鑑賞すること。作者の作品に対する情熱まで感じるように。
自己の中の「心」を育むことは、魂の鍛錬につながるのです。
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