日本健康武道協会 Japan Wellness-Budo Associationとは

古来、武の道とは殺法と活法が表裏一体となり成立するものでした。殺法は現代でいう護身術であり、勇気や忍耐力、正義と言う事も出来るでしょう。また活法は、病んだ心身を治癒へと向かわせる術であり、現代医学にとどまらず、代替療法などの施療法のうち実質のあるもの(効果・実績があるもの)をさします。当協会は、これら表裏一体となる武道を人間形成に必要な要素としてとらえ、次代を担う人間育成をおこなうべく発足した団体です。

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心 技 体…16

●日常生活に武道家魂を活かす その十●

豊かな心は武道家に必要不可欠です。

大自然や書や本、音楽、絵画など、良いものに出来るだけ多く接する機会を持つことはとても大切です。

ただ見るだけ、聴くだけではなく、自然の壮大さや作者の思いを感じ取るように自身の心の扉を大きく開き受け止めるようにします。すると、自然と鳥肌が立ったり、涙が流れ出てくることがあります。

感受性が豊かとは、物事を感じ取る能力に長けているということです。子供の頃から、そして大人になってからも様々な事柄を良く感じ取り、反復し咀嚼して自身の素直な気持ちで受け止めるようにしていると、それは育ち、伸びていきます。

感受性が豊かであれば、相手の痛みを察することが出来ます。そして、それが抑止力の基本なのです。

暴力に対して暴力で返すのは稚拙な行為です。国家レベルではこのような稚拙な行為が繰り返されていますが、一武道家としては感情のままに行動してしまうのは好ましくありません。武道家は暴力を行使させないような行動、または戦意を喪失させるような術を身につける必要があるのです。

護身術は敵と戦って勝つためのものではなく、敵を戦意喪失させて担当機関 (警察等) に引き渡すまでのプロセスと考えるべきです。

そのために練習を積まなければならないのです。

つまり自然に対しても人間に対しても、慈しみの心を持つことが重要だということです。そしてもちろん、その経験を与えてくれた人や時、場所に対しては感謝の念を忘れてはなりません。

心と身体・・・表裏を形成するふたつが一体となって武道は成り立っています。どちらが欠けても意味がありません。

礼節を重んじながら日々鍛錬を積み重ねていく武道は、豊かな心を育み、人生に活かしていくための正しい指標を与えてくれるのです。

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心 技 体…15

●日常生活に武道家魂を活かす  その九●

「武道」とは他人と戦をして勝つための方法論ではなく、己の弱さに打ち勝つための鍛錬法です。

「武道家」とはその哲学を、人生をかけて追求していく者のことです。

格闘技は、その技術を持って敵を倒すことが目標で、それをルール化して試合形式でおこなえるようにしたものです。また「武道」はいかに戦わずして人びとが共栄するか、を目標としています。つまり最後の手段として戦う選択肢は持ちつつも、戦わないで互いに理解しあえる接点を模索することが、第一選択肢となります。そのことを踏まえると、格闘技と「武道」は全く異なる考え方と言ってもよいかもしれません。

例えば街中で格闘技を行使すれば、それは暴力行為、傷害事件となります。

しかし「武道」の鍛錬は、日常生活や職業の現場において大きな助けとなり、人生をより奥行き深いものにしてくれるのです。

様々な事象は表裏一体となって存在しています。表があって裏がない、裏があるのに表がないということは有り得ないのです。表裏は常にスパイラル構造になっていて、それぞれが互いに関わり合い、補助し合いながら事象を形成しています。

対を成すものがバランスよく習得されていれば、より深い人生になります。対を成す、というのは・・・精神と肉体、知識と技術、知力と体力などなど。

昔から文武両道といいますが、それが人の道というものです。

戦う術だけを学んでいては、ただの乱暴者で終わってしまいます。知力を養わなければなりません。

本を読む。音楽や絵画、書などの芸術に親しむ・・・。

そういったことの積み重ねが文武の「文」の部分を育ててくれるのです。

テレビはあまり役に立ちません。自身の中で反復、咀嚼することが困難だからです。活字を読むことがとても大切です。

芸術であれば、聞き流すだけでなく、又さっと見て終わりではなく、ゆっくり時間をかけて鑑賞すること。作者の作品に対する情熱まで感じるように。

自己の中の「心」を育むことは、魂の鍛錬につながるのです。

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心 技 体…14

●日常生活に武道家魂を活かす その八●

「気づき」は人生を豊かにします。

そして「気づき」を実践していくには「ぶれない心持ち」がとても大切です。

例えば、目上の者(上司や自分より権威や地位がある者)には低姿勢でゴマをすっているのに、目下の者(部下や客として訪れた店の店員など)には高慢な態度をとる人がいます。これは自分の心の狭さ、弱さをひけらかしているようなものです。

心がぶれない人は、どんな状況でもどんな相手でも一定の態度を崩しません。そして非常に丁寧な物腰で、人と接するものです。

誰かと互いに礼をしたとしましょう。

もしあなたが礼を終えて頭を戻した時、まだ相手が頭を下げていたら・・・。それは相手の方が心が強く、ぶれていないと言うことです。自信のない者ほどいい加減な礼をします。

就職やアルバイトで、履歴書を書きます。

特技や趣味として「空手」など武道を記入すると評価が高くなります。

これは「武道を鍛錬していると言うことは、すぐにやめてしまったりせず忍耐強く職責を全うしてくれるだろう。」という目測があるからです。つまり「ぶれない心」を持っているだろう、と思われるのです。その期待を裏切るわけにはいきませんね。

「ぶれない心持ち」があれば、何が大切か、何をしなければいけないか、優先順位はどうなのか、適確に判断することが出来るのです。そして適確な判断がいわゆる「気づき」となります。

偉ぶっている人ほど小心者です。高武者な態度をとっていないと、自分が持たないのです。つまり自分の領域に入られた時に、それを守るだけの自信がないからガードしないと耐えられないわけです。

逆に自分の通ってきた道に自信がある人は、常に丁寧な態度を心がけ、低姿勢なものです。自分の領域に入ってこられても、守る自信があるから頑なに周囲を固める必要がないのですね。

「ぶれない心持ち」を持ち続けるには、心身を鍛えることが必要です。武道は、これを身につけていくための最良の鍛錬方法でもあります。

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